広陵町の文化財(その2)
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古墳(その2)
三吉(みつよし)2号墳(写真のA)

巣山古墳の西側にある北向きの帆立貝形古墳。墳丘全長約93メートルに復元されている。円筒埴輪、朝顔形埴輪、家形埴輪、蓋(きぬがさ)形埴輪などが出土した。築造時期は古墳時代前期末から中期初。
発掘調査時に、後円部の南東で円筒棺を埋葬施設とする三吉3号墳が発見されている。
タダオ(ヲ)シ古墳(写真のB)
巣山古墳、三吉2号墳の西側にある南向きの前方後円墳。墳丘全長47から50メートルに復元されている。周濠(しゅうごう)が巡ると考えられている。円筒埴輪、壺(つぼ)形埴輪などが出土した。築造時期は古墳時代後期。
前方部の南東に小石室が検出されている。
佐味田狐塚古墳(写真のC)
巣山古墳外提の北西に接して造られた帆立貝形古墳。墳丘全長86メートルと考えられていたが、馬見丘陵公園造成時の発掘調査の結果、墳丘全長約78メートル、後円部径54から56メートル、前方部幅31メートルに復元されている。また、町道建設時の発掘調査で、木棺(もっかん)を粘土で覆った粘土槨(ねんどかく)が検出され、鏡や刀子(とうす)の破片などが出土した。築造時期は巣山古墳の築造年代に近い時期と考えられている。
安部山古墳群(町指定史跡)(写真のD)

馬見丘陵奥の尾根に造られた古墳時代後期の群集墳である。
西谷公園内に保存されている第1号墳は、全長約42メートルの前方後円墳で、古墳群の中核をなしている。埋葬施設は木棺直葬(もっかんじきそう)で、棺の周囲には排水施設が設けられ、石組暗渠(あんきょ)で南側くびれ部に排水する構造をもつ。
9号児童公園内に保存されている第4から第6号墳は、横穴式石室(よこあなしきせきしつ)と組合せ式の石棺を直葬する円墳。石棺を直葬する古墳は二上山麓周辺に分布する特徴的な埋葬形態ある。
モエサシ古墳群(写真のE)

みささぎ公園内に3基の古墳が保存されている。
1号墳は直径35メートル、高さ3.5メートルの円墳で、墳丘の東側が破壊されている。須恵器の破片が採集されていることから古墳時代後期の築造と考えられる。2号墳は直径15メートル、高さ2.5メートルの円墳。3号墳は全長80メートルの前方後円墳で、後円部径40メートル、高さ5.5メートル、前方部幅25メートル、高さ2.5メートルを測る。墳丘形態から古墳時代前期の築造と考えられる。
みささぎ公園内には、黒石13号墳の横穴式石室(よこあなしきせきしつ)が移築されている。
エガミ田古墳群(写真のF)
黒石公園内に6基の古墳が保存されている。
1号墳は直径17.5メートルの円墳で、北東側に直径10.5メートルの4号墳がある。2号墳は直径15メートルの円墳である。3号墳は直径26メートルの円墳で、北東側に直径18メートルの5号墳、北側に直径11メートルの6号墳がある。古墳時代中期後葉から後期初頭の群集墳と考えられている。
池上古墳

乙女山古墳とともに、帆立貝形古墳の典型として古くから知られている。墳丘全長約92メートル、後円部径約80.6メートル、前方部長約11.4メートル、幅約32メートルで、空濠(からぼり)と外堤(がいてい)が巡る。外堤を含めると全長約130メートルの規模を誇る。墳丘は三段築成で、後円部一段目、二段目の平坦面で円筒埴輪列が検出されている。埴輪列は墳頂部にもあった可能性が高い。後円部二段目斜面、三段目斜面及び前方部斜面には、二上山から運んだ石材で葺石(ふきいし)を施しているが、後円部一段目斜面には葺石がなかった。築造時期は古墳時代中期前葉と考えられる。
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